KH 2-07
「さて、我が招きに応じてくれて感謝するぞ、勇者。許す。掛けろ」
「……なんだよ……?」
「うん?」
「さっきまで俺のことを馬鹿にして、見下して、リクまでッ……あんな風にしておいて!おまえはいったいなんなんだよ!!」
ソラの怒りを受けて、【無貌の王】は牙を光らせて嘲笑をかみしめた。擦り切れた笑みが空を揺らす。
長机の端の椅子に腰かけた【無貌の王】は指を伸ばした。ひとりでに【無貌の王】の対岸の椅子が引かれた。
「座れ」
【無貌の王】は命じた。それはただの言葉だった。しかしそれはソラの手足に魔力の枷を付ける。心が圧迫される。強制の呪文に貫かれたように。
「……ふむ、やはり。あなたは実に良い。私のギアスに抗っている。さすが、そのキーブレードのユーザーに相応しい、真の光を司る勇者のようだ」
「偉そうに……!」
「偉いんだよ、俺は。指先ひとつのさじ加減でこの世界を覆う暗闇の雲を操り、あらゆる世界に闇の氾濫を起こすことも造作もない。
――――わかるか?お前の目の前にいるこの俺は、いともたやすく光と闇のバランスを辛うじて保った世界という天秤を、支点から破壊できる。
天秤はその機能を失い、あらゆる虚飾は流れ落ち、最後には丸裸の高位意識のみが残る。……わかるか?」
「……………………」
まったくわからない。
闇の氾濫、というのは、聞くだけで危なっかしそうだ。
世界が壊れる。きっとハートレスが世界に溢れるということ。わかりやすくヤバい。
しかし、その後の虚飾だの高位意識だの――――意味がわからない。
「おまえは……いったい、なんなんだ?」
先と同じ疑問を打つ。無貌の王は口端を歪めた。翳りが濃くなったその顔は、笑っているようにも、怒っているようにも、悲しんでいるようにも、喜んでいるようにも見えた。
「余は無貌。
顔のない王。
ない、というのは『持っていない』ではない。
『固定されていない』だ。
故に無貌にして夢貌。
無限にして夢幻。
余は一であり全。
個であり群。
アルファにしてオメガ。
円環の中心にして外。
すなわち世界、
そして真理である」
無貌の王は言った。
その様は、ソラの胸を鋭く突き貫いた。
「…………どうしたの?私の話、ショックだった?」
「ああ……」
目を見開いてソラは肯定した。
恐怖。畏怖。憎悪。――――そういった衝撃ではなかった。
言葉ではとても尽くせない衝動がソラの胸を激しく揺さぶった。
ソラの「心をつなぐ」天賦の才能故に、頭が理解できずとも心が確信を得てしまった。
胸を手で押さえる。王冠のネックレスを握る。
どうしようもなく――――切ない。
「――――やめろ」
無貌の王が低く命じた。今度は手足も重くならない。
頬に、涙がつたうのを感じた。
「我を憐れむ目を向けるんじゃねぇッッッ!!!」
無貌の王が長机を蹴り飛ばした。机は天井で粉々になって黒い霧に消えていく。
あらあらしく椅子から腰を上げ、無貌の王はキーブレードを握りしめた。ミシミシと軋む音がソラの耳にまで伝わってくる。
「憐れむな。哀しむな。嘆くな。見下すな。
それは全てこの僕だけに許された感情だ。たかが人間が、この僕に……よりにもよって、この僕にだ!向けていいものじゃあ、断じてない!!」
「でも、おまえにも心がある。そうだろ?」
「黙れ……黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!
この俺を畏怖しろ。崇めろ。頭を垂れろ。泣いて赦しを請え。この俺は無貌の王だ……怪異の王、闇の王、貴様が直々に引き裂かれることさえおこがましい、絶対の神だ!偉いんだよ!」
「違う!お前だって心がある。人の心があるんだ。それが、つながりの外に弾かれてしまって……つなぐことを忘れて、壊れてしまっているだけの……ただの人間だ。だから――――」
ドンッ――――!!
空気がハンマーの衝撃を伴ってソラの全身を圧し込んだ。ぶすぶすと背中に黒煙が上がり、ソラの意識は上下左右に激しく震えた。
倒れこみそうになるのをどうにか堪える。
ふらついたソラの目の前にいるのは――――無貌の王。変わらず。
しかし、その圧力は先ほどまで子供のように怒り、否定し、泣き叫んでいた姿とは似ても似つかない。
有体にいって、伝わってくるエネルギー純度が高くなっている。毛布の温かさから炎の熱量に。粘土の軟らかさからダイヤモンドの硬度に。
生命体としての純度がより一段高位に登ったかのような錯覚を覚えた。
――――錯覚。問題は、その錯覚が雄弁すぎるほどの実態を持っているということ。
ありえない。ただの一瞬で、生物の有り様はここまで大きく変容するものであるはずがない。晴れた日に嵐は起こらない。夏に雪は降らない。必ず夜は明けるし、日も落ち――――。
「あっ……」
ソラははっとした。ここがどこであるのかを思い出す。
ここは白夜の世界。夜と白い太陽が永遠に続く場所。
――――太陽が沈まぬように、夜が明けないように、この場所に常識は通用しない。
「…………先ほどは失礼した。つい、取り乱してしまったようだ。やれ、少し疲れているのかもしれないな」
無貌の王がぺこりと頭を下げた。先ほどの傲慢さからは全く想像できないほどの謙虚さである。
「お詫びに何か振る舞おう。なにがいい? 食事か、休息か?」
無貌の王が手を挙げると、消し飛んだはずの長机は一瞬で再構築された。新たに机上には銀の皿が並び、芳ばしい香りに満ちた料理が次々と並べられていく。
その長机の傍にはふかふかのベッド。キングサイズはあろうかという大きさだ。これで休めというのか。こんな場所で。
「…………それとも、まさかこの刃をふるまわれたい、というわけでもあるまい?」
瞬間、ソラはギョッとした。全身8カ所に一瞬にして風穴が空いたように錯覚した。
……錯覚だ。実際に穴は開いていない。
ただ骨身は肉を抉られ神経を引きちぎられたように熱く痺れているだけだ。確かに錯覚だ。しかし実体を伴っている。さながら幻の刃。それを無貌の王は感情一つで操って見せているようだ。
「冗談だ。光の勇者。お前が最も知りたい情報みっつに答えよう」
「えっ……?」
「ひとつ、その少年の心を奪ったものの行方。
ふたつ、君の友人……の、ヒスイと言う名の彼女の心を何故奪ったのか。
みっつ、何故、自分はここにいるのか? ――――だね?」
「なんで……?」
「わかるさ。君が知っていて、私が知らぬことなどあり得ない。私は王だ。王とはそういうものだ。違うかな?」
不敵に微笑む無貌の王は異常なほど不気味だった。向かい合っているだけで肋骨が切開され心臓を生きたまま引き抜かれているかのような感覚。
ありありと恐怖の色が心を満たしていく。澄んでいた心が、濁り、陰り、やがて――――ひずむ。いつの間にか肩に背負ったリクの腕を握っていた。縋るように強く。
しかしリクは起きない。あの男に心を奪われたためだ。
「――――では、ひとつめの彼の心を奪ったものについて話そう。君は疑問に思っているようだね。彼がまた現れたことに」
「……ああ」
「単純な答えだよ、光の勇者。ここは『彼がいることこそ正当』な世界だ。
勇者。『君がいることこそ異端』なんだよ。この世界ではね」
「…………どういうこと?」
「『いなくなってしまったもの』が在り、『いるべきもの』は在り得ない世界――――つまりは【彼岸】。冥界。黄泉。生命のアナザーサイドということさ」
「…………待てよ。意味がわからない」
――――それは、つまり。
――――ソラは既に死んでいる。そういうつもりか?
「……俺はアナザーサイドという言葉を使った。明確な現実での死を迎えていない、ヨモツヘグリを口にしていない、黄泉の道を引き返していないお前を死者と断じることは出来ない」
「え……?」
「側面だ。光の勇者。床に落ちたコインは一面を隠し、場に置かれたカードは常にひとつの意味のみを表す。ダイスさえも残された1を境界に追いやっている。
この世界はアナザーサイドだ。対にならず、終に辿り着かず、ただ境界を示す第三領域。
光と闇。
生と死。
空と海。
昼と夜。
幻と現。
心と体。
表と裏。
――――そう。あらゆるものの境界線上。ワールド・ホライゾン。それ故にあらゆる世界に繋がる可能性を持った境界だ。それがこの世界の意味。それがこのユグドラシルの意味だ。――――だが」
だが。無貌の王が言葉を続ける。
ソラを丸裸にするように目を細め、ソラの心臓を舐め回すように口を開いた。
だが――――お前は、ここにいるはずのない存在だ。
この世界の住人に魅入られ、誘われ、引きずりこまれたにすぎない。
その想いの根幹がなんであるかなど、余は知らぬ。それがかように麗しい願いの結晶であったとしても。それでも。
お前は、その瞬間に呪われたのだ。光の勇者。
「……呪われたなら……どうなる?」
「この世界に縛られることになる」
「出られない……ってことか?」
「そう。そこにお前の求める答えがある。この世界に呪われた以上、お前はここから出られない。
そして、この世界の正当なる住人であるお前の友人の心を奪った存在もまた同じ。
そして、この無秩序な世界の理の外での無法はこの私が一切を断ずる。
……勇者。友人の心配をするのは間違っているぞ。お前気を傾けるのはお前の呪いだ。呪いを解かねば、お前は永久にこの境界線上だ」
「呪いを……解くには……?」
「とっくにご存知だろう?」
お前は――――無貌の王はゆっくりと指を伸ばす。ソラの脳天を刺し貫く。――――経験済みだ。知らぬとは言わせん。
あの時のように、親友が呪われ体を乗っ取られた時と同じように。
「――――殺せ。消し去れ。その意思も尊厳も踏み躙り、力の真理のもとに罰を下せ」
愕然とした。
おそらく、この王は、この王のいうことは、真理だろう。正しいのだろう。
『殺せ』。
あの自分の犯した呪いに恐怖し、狼狽し、涙さえ流した。人の心を持ったあの子を――――無慈悲に、無残に、そうしろと言うのか。
「………………」
「どうした? 光の勇者。……おまえの望む道は示されたのだぞ? 喜んだらどうだ」
「………………俺は……」
ソラは問う。自らに、心に、その現し身たるキーブレードに問う。
答えは――――。
――――激音に押し潰された。
「……なんだよ……?」
「うん?」
「さっきまで俺のことを馬鹿にして、見下して、リクまでッ……あんな風にしておいて!おまえはいったいなんなんだよ!!」
ソラの怒りを受けて、【無貌の王】は牙を光らせて嘲笑をかみしめた。擦り切れた笑みが空を揺らす。
長机の端の椅子に腰かけた【無貌の王】は指を伸ばした。ひとりでに【無貌の王】の対岸の椅子が引かれた。
「座れ」
【無貌の王】は命じた。それはただの言葉だった。しかしそれはソラの手足に魔力の枷を付ける。心が圧迫される。強制の呪文に貫かれたように。
「……ふむ、やはり。あなたは実に良い。私のギアスに抗っている。さすが、そのキーブレードのユーザーに相応しい、真の光を司る勇者のようだ」
「偉そうに……!」
「偉いんだよ、俺は。指先ひとつのさじ加減でこの世界を覆う暗闇の雲を操り、あらゆる世界に闇の氾濫を起こすことも造作もない。
――――わかるか?お前の目の前にいるこの俺は、いともたやすく光と闇のバランスを辛うじて保った世界という天秤を、支点から破壊できる。
天秤はその機能を失い、あらゆる虚飾は流れ落ち、最後には丸裸の高位意識のみが残る。……わかるか?」
「……………………」
まったくわからない。
闇の氾濫、というのは、聞くだけで危なっかしそうだ。
世界が壊れる。きっとハートレスが世界に溢れるということ。わかりやすくヤバい。
しかし、その後の虚飾だの高位意識だの――――意味がわからない。
「おまえは……いったい、なんなんだ?」
先と同じ疑問を打つ。無貌の王は口端を歪めた。翳りが濃くなったその顔は、笑っているようにも、怒っているようにも、悲しんでいるようにも、喜んでいるようにも見えた。
「余は無貌。
顔のない王。
ない、というのは『持っていない』ではない。
『固定されていない』だ。
故に無貌にして夢貌。
無限にして夢幻。
余は一であり全。
個であり群。
アルファにしてオメガ。
円環の中心にして外。
すなわち世界、
そして真理である」
無貌の王は言った。
その様は、ソラの胸を鋭く突き貫いた。
「…………どうしたの?私の話、ショックだった?」
「ああ……」
目を見開いてソラは肯定した。
恐怖。畏怖。憎悪。――――そういった衝撃ではなかった。
言葉ではとても尽くせない衝動がソラの胸を激しく揺さぶった。
ソラの「心をつなぐ」天賦の才能故に、頭が理解できずとも心が確信を得てしまった。
胸を手で押さえる。王冠のネックレスを握る。
どうしようもなく――――切ない。
「――――やめろ」
無貌の王が低く命じた。今度は手足も重くならない。
頬に、涙がつたうのを感じた。
「我を憐れむ目を向けるんじゃねぇッッッ!!!」
無貌の王が長机を蹴り飛ばした。机は天井で粉々になって黒い霧に消えていく。
あらあらしく椅子から腰を上げ、無貌の王はキーブレードを握りしめた。ミシミシと軋む音がソラの耳にまで伝わってくる。
「憐れむな。哀しむな。嘆くな。見下すな。
それは全てこの僕だけに許された感情だ。たかが人間が、この僕に……よりにもよって、この僕にだ!向けていいものじゃあ、断じてない!!」
「でも、おまえにも心がある。そうだろ?」
「黙れ……黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!
この俺を畏怖しろ。崇めろ。頭を垂れろ。泣いて赦しを請え。この俺は無貌の王だ……怪異の王、闇の王、貴様が直々に引き裂かれることさえおこがましい、絶対の神だ!偉いんだよ!」
「違う!お前だって心がある。人の心があるんだ。それが、つながりの外に弾かれてしまって……つなぐことを忘れて、壊れてしまっているだけの……ただの人間だ。だから――――」
ドンッ――――!!
空気がハンマーの衝撃を伴ってソラの全身を圧し込んだ。ぶすぶすと背中に黒煙が上がり、ソラの意識は上下左右に激しく震えた。
倒れこみそうになるのをどうにか堪える。
ふらついたソラの目の前にいるのは――――無貌の王。変わらず。
しかし、その圧力は先ほどまで子供のように怒り、否定し、泣き叫んでいた姿とは似ても似つかない。
有体にいって、伝わってくるエネルギー純度が高くなっている。毛布の温かさから炎の熱量に。粘土の軟らかさからダイヤモンドの硬度に。
生命体としての純度がより一段高位に登ったかのような錯覚を覚えた。
――――錯覚。問題は、その錯覚が雄弁すぎるほどの実態を持っているということ。
ありえない。ただの一瞬で、生物の有り様はここまで大きく変容するものであるはずがない。晴れた日に嵐は起こらない。夏に雪は降らない。必ず夜は明けるし、日も落ち――――。
「あっ……」
ソラははっとした。ここがどこであるのかを思い出す。
ここは白夜の世界。夜と白い太陽が永遠に続く場所。
――――太陽が沈まぬように、夜が明けないように、この場所に常識は通用しない。
「…………先ほどは失礼した。つい、取り乱してしまったようだ。やれ、少し疲れているのかもしれないな」
無貌の王がぺこりと頭を下げた。先ほどの傲慢さからは全く想像できないほどの謙虚さである。
「お詫びに何か振る舞おう。なにがいい? 食事か、休息か?」
無貌の王が手を挙げると、消し飛んだはずの長机は一瞬で再構築された。新たに机上には銀の皿が並び、芳ばしい香りに満ちた料理が次々と並べられていく。
その長机の傍にはふかふかのベッド。キングサイズはあろうかという大きさだ。これで休めというのか。こんな場所で。
「…………それとも、まさかこの刃をふるまわれたい、というわけでもあるまい?」
瞬間、ソラはギョッとした。全身8カ所に一瞬にして風穴が空いたように錯覚した。
……錯覚だ。実際に穴は開いていない。
ただ骨身は肉を抉られ神経を引きちぎられたように熱く痺れているだけだ。確かに錯覚だ。しかし実体を伴っている。さながら幻の刃。それを無貌の王は感情一つで操って見せているようだ。
「冗談だ。光の勇者。お前が最も知りたい情報みっつに答えよう」
「えっ……?」
「ひとつ、その少年の心を奪ったものの行方。
ふたつ、君の友人……の、ヒスイと言う名の彼女の心を何故奪ったのか。
みっつ、何故、自分はここにいるのか? ――――だね?」
「なんで……?」
「わかるさ。君が知っていて、私が知らぬことなどあり得ない。私は王だ。王とはそういうものだ。違うかな?」
不敵に微笑む無貌の王は異常なほど不気味だった。向かい合っているだけで肋骨が切開され心臓を生きたまま引き抜かれているかのような感覚。
ありありと恐怖の色が心を満たしていく。澄んでいた心が、濁り、陰り、やがて――――ひずむ。いつの間にか肩に背負ったリクの腕を握っていた。縋るように強く。
しかしリクは起きない。あの男に心を奪われたためだ。
「――――では、ひとつめの彼の心を奪ったものについて話そう。君は疑問に思っているようだね。彼がまた現れたことに」
「……ああ」
「単純な答えだよ、光の勇者。ここは『彼がいることこそ正当』な世界だ。
勇者。『君がいることこそ異端』なんだよ。この世界ではね」
「…………どういうこと?」
「『いなくなってしまったもの』が在り、『いるべきもの』は在り得ない世界――――つまりは【彼岸】。冥界。黄泉。生命のアナザーサイドということさ」
「…………待てよ。意味がわからない」
――――それは、つまり。
――――ソラは既に死んでいる。そういうつもりか?
「……俺はアナザーサイドという言葉を使った。明確な現実での死を迎えていない、ヨモツヘグリを口にしていない、黄泉の道を引き返していないお前を死者と断じることは出来ない」
「え……?」
「側面だ。光の勇者。床に落ちたコインは一面を隠し、場に置かれたカードは常にひとつの意味のみを表す。ダイスさえも残された1を境界に追いやっている。
この世界はアナザーサイドだ。対にならず、終に辿り着かず、ただ境界を示す第三領域。
光と闇。
生と死。
空と海。
昼と夜。
幻と現。
心と体。
表と裏。
――――そう。あらゆるものの境界線上。ワールド・ホライゾン。それ故にあらゆる世界に繋がる可能性を持った境界だ。それがこの世界の意味。それがこのユグドラシルの意味だ。――――だが」
だが。無貌の王が言葉を続ける。
ソラを丸裸にするように目を細め、ソラの心臓を舐め回すように口を開いた。
だが――――お前は、ここにいるはずのない存在だ。
この世界の住人に魅入られ、誘われ、引きずりこまれたにすぎない。
その想いの根幹がなんであるかなど、余は知らぬ。それがかように麗しい願いの結晶であったとしても。それでも。
お前は、その瞬間に呪われたのだ。光の勇者。
「……呪われたなら……どうなる?」
「この世界に縛られることになる」
「出られない……ってことか?」
「そう。そこにお前の求める答えがある。この世界に呪われた以上、お前はここから出られない。
そして、この世界の正当なる住人であるお前の友人の心を奪った存在もまた同じ。
そして、この無秩序な世界の理の外での無法はこの私が一切を断ずる。
……勇者。友人の心配をするのは間違っているぞ。お前気を傾けるのはお前の呪いだ。呪いを解かねば、お前は永久にこの境界線上だ」
「呪いを……解くには……?」
「とっくにご存知だろう?」
お前は――――無貌の王はゆっくりと指を伸ばす。ソラの脳天を刺し貫く。――――経験済みだ。知らぬとは言わせん。
あの時のように、親友が呪われ体を乗っ取られた時と同じように。
「――――殺せ。消し去れ。その意思も尊厳も踏み躙り、力の真理のもとに罰を下せ」
愕然とした。
おそらく、この王は、この王のいうことは、真理だろう。正しいのだろう。
『殺せ』。
あの自分の犯した呪いに恐怖し、狼狽し、涙さえ流した。人の心を持ったあの子を――――無慈悲に、無残に、そうしろと言うのか。
「………………」
「どうした? 光の勇者。……おまえの望む道は示されたのだぞ? 喜んだらどうだ」
「………………俺は……」
ソラは問う。自らに、心に、その現し身たるキーブレードに問う。
答えは――――。
――――激音に押し潰された。