KH 3-07
闇の奥から雷が走る。幾重もの稲光が束ねられた一条の光線だ。ヒスイを狙ったそれを、ソラはキーブレードで割り込んだ。
雷の光線はとんでもなく重い。ソラの顔が歪む。キーブレードを伝わり、体がビリビリと震える。このまま硬直は――――まずい。
「くぅぅ――ぁああ!」
気合い一発、壁に叩きつけた。接地する建物をアースに、雷の光線はコゲを残して掻き消えた。
雷光を放った左手は、紫電を巻いて闇の奥で浮き上がっている。
黒いグローブ。黒く長い袖。黒いコート。フードですっぽり顔を隠した――――黒ずくめ。彼女と同じ。
「誰だ!」
「これは……予想外だな」
呟くヒスイをよそに、黒ずくめの男は顎でしゃくったようなジェスチャーをとった(フードのせいでよく見えないが)。
瞬間、闇の奥から人影が現れた。いくつもいくつも――――計6人分。
1人は正面の黒コートの男。
1人は鎧を纏っている。兜で顔は見えない。
1人は老人。眼光が怪しい覇気に満ちている。
1人は浅黒い肌の青年。
1人は白衣の青年。
1人は――――女性。青い髪と小麦色の肌。
「……アンセム――――!?」
「懐かしい名前だ」
「彼と我々は似ている」
「そして君とも」
「アンセム。彼は探求者としての純度は低かった」
「為政者の外套にこだわりすぎたのだよ」
「カードがありながらリスクに震えてドロップに徹した彼には資格がない」
「……?」
――――話がかみ合わない。いや、かわりばんこにお話をしてくれるまどろっこしさの所為もあるが。どうも違和感がある。
アンセムでは……ない?
「……彼らのバックボーンについては、この際どうでもいい」
耳打ちしたヒスイの声には切迫感があった。火がついたのだ。焦燥に駆られる。うかうかしていればまっ黒焦げになってしまう。
周囲をぐるりと包囲されたこれは、いかにも問題だ。苦しい。厳しい。危険。
「君の力の証明ならば、既に終了している」
「剣を交えることは手段たり得ない」
「戦わない……ってことか?」
「そうだ」
包囲の一人がソラの問いかけに首を縦に振った。ソラはほっと胸をなでおろす――――気には、なれない。
戦いたくない。嘘を言うな。
だったらこの緊迫した雰囲気はなんなんだ。なぜソラの心はキーブレードから手を離そうとしない?
「――――ひとつ、提案がある」
「私の仲間に加わるのだ」
「……なんのために?」
ソラが問う。キーブレードを握る。
包囲すり彼らは、ぽつりぽつりと語りはじめた。
「我らは六貌――――遥か昔、6つに砕けたひとつの心」
「砕けたのは探求のため。真理のため……悠久の旅の末、我らは遂に、答えを得た」
「奇しくも同じ解を掴んだのだ」
「闇の扉を抜け、強大な一個のエネルギーを掴むのではなく」
「心の器を満ち満ちと満たし、強靭な一と成るのではなく」
「心を2つに分かち、成長させて融合させ……唯一無比のスペシャルを打ち立てるのでもなく」
――――我らは。
強き力を束ね、ひとつにすればよい。
「……なんだって?」
「扉の向こうは唯一無二の力。それを手にしようとする私の前に抑止力が立ちふさがるのは当然のこと。それも、その邪魔は無視できないほど強大だ」
「しかしその邪魔を回避するために、かの無貌の王がキーブレードの精錬に費やしたように、か弱き有象無象を何十何百何千何万何億と積み重ねるのでは、私には時間がかかりすぎる」
「さりとて唯一つの心の成長手塩をかけるのも、また時間もかかるというもの」
「既に強者。それも強すぎず……純粋かつ、意思の強いもの。我々の邪魔立てをするために律儀に現れる憎き抑止力ども。7つの光の守護者足り得る者ども。それを利用するのだ」
「そして結論だ。正邪、善悪、光闇……そんなものはもはや問わぬ。
ただただ強い心。プリンセスのような曇りなき輝きなど要らぬ。闇に呑まれた愚者も無用だ。光も闇も持つ、純然で平凡な心。
己が心を引き裂かれても喪失しない、強き心があればよい」
「それを砕き、純然たる光と闇が鍵を握る。それらがあわさり、最後の一は全となる。
あとは精錬方法だ。魔術的な意味が重要になる。…………六芒星。禁術とされる秘法を実現するには、6の要素が必要だ。6が2つに分かれた12の鍵……その力を手に入れる。私という13人目が」
しんとその場は静まり返った。話は終わった――――らしい。
聞き漏らしはなかった。
しかしどうして、意味がわからない。
ソラの知力の問題というより、彼らの言い回しだ。自分たちだけでわかる話ばかりでつらつら説明されたところで意味がわかるはずもない。専門用語で専門用語を説明されてなにがわかるというのだ。
さっぱり、まるでわからなかった。
――――だが、直感的に理解できた。
仲間に加わるのだ。その台詞の意味はソラのキーブレードを狙ってのこと。
6人を2つに割って(ここが一番よくわからない)、12人にする。
12人のキーブレードを全部自分のものにしてやるぜうははのは…………こいつらはどうやらそう言いたいらしい。
――――まぁ、直感的に言って。
こいつらがとっても怪しい、悪い集団には間違いない。
そう断定して、ソラはキーブレードを真正面の黒コートの男に突きつけた。
「――――断る!」
「……君らしい答えだよ、ソラ」
瞬間、真正面の空間がぐにゃりと歪んだ。
世界が一瞬で、闇に呑まれていく――――!
暗い。
暗い。
暗い。
世界の全てが黒く塗りつぶされた。
その中で、その仮面は宙を舞っていた/壁に掛けられていた/床に置かれていた。
「哀しいなぁ……。地を這うのみの芋虫が。遂に地すらも這い回ることも叶わない……か」
声が闇に反響する。
ただ黒の中、仮面は完全に同化した何かを見下ろしていた。
「無常だよ。これこそ自然の摂理というやつなのかなぁ。世に生きる以上、因果はまとわりつくもの。
その網にかかるのは人の性。人の業。――――哀しいが仕方がない。この哀しみがあるからこそ、全てには意味があるんだろう」
「しかし――――面白い。お前のようなものまで、そうとはね」
また別の仮面が浮かぶ。キツネの面。細い目が、仮面と同じ場所を睨む。
「にせもの。まがいもの。まやかし。まぼろし。……『存在しないもの』。
友人から本物の証を奪い取った気分はどう?よく馴染む?まるで恋人と手を繋ぐような幸福感だったりする?」
また闇から顔が現れた。能面が笑う。
「苛々させてくれる。貴様は本物のタグが登録されればそれは真実か? 過去を遡り時空を歪めるとでもいうのか?
貴様ぁ……神や至高という誰が呼んだかも疑わしい賛辞を受けて満足か? 貴様という贋作は、成り代わった本物に足り得るか?
――――まったくお笑いだ!本物とその正しい資質があることは圧倒的なまでにレベル差があるのさえもわからないか!?」
「……例えよう。正しい王様とは、王国の民を導くものだ。搾取に相応しい政治を返す。行政というものだ」
4つ目に浮かんだのはきくるみの頭だった。軽丸としたそれはファンシーながら、シチュエーションとのミスマッチのせいで絶望的に浮いていた。二つの意味で。
「それを成せる民草は、おそらく存在する。情勢を読む判断力。民の声を聞き分けるアンテナ。信頼できる仲間で周囲を固める眼力。そういったもの。
特別な教育をせずとも、優れた感性と理性で正解の道を記すモノはいるだろう。人はそれを天性と呼び、その人間は天才と呼ばれる。
まさしく人の上に立つ天上の才能だ。それはさしずめ、王様の正しい資質ということになるが……」
「不毛だね」はじめの仮面は言う。
「王とは王冠あってのもの。資質だけでは証をにぎることはできないんだよなぁ。王冠という証を民衆から戴き、肉の山の頂点に立ってこそ、王の名を冠するに値するんだ。
――――よって、不毛だ。正しい資質に王冠の価値はないんだよ。わかるかなぁ?」
「あんた、ばか? 本筋から逸れてるよ。……要は、本物というのは心持ちひとつ、資格ひとつでなれるほど簡単ではないの。
もちろん必要条件だけれど、十分条件じゃあない。本物になるには、本物を玉座から引きずり下ろさなきゃあいけないんだよ」
「……くだらん。もういいだろう? 倦怠は毒だ」
「同意しよう。では頃合いかな――――?」
仮面が、お面が、能面が、かぶりものが、ただ一点注視した。
怒りをもって、喜びをもって、哀れみをもって、楽しみをもって、その一点からの回答を待つ。
広大な宇宙の闇の中、極小の点に等しい存在に問いかける。足を失った芋虫に。
おまえは本物か?――――無価値な偽物か?
雷の光線はとんでもなく重い。ソラの顔が歪む。キーブレードを伝わり、体がビリビリと震える。このまま硬直は――――まずい。
「くぅぅ――ぁああ!」
気合い一発、壁に叩きつけた。接地する建物をアースに、雷の光線はコゲを残して掻き消えた。
雷光を放った左手は、紫電を巻いて闇の奥で浮き上がっている。
黒いグローブ。黒く長い袖。黒いコート。フードですっぽり顔を隠した――――黒ずくめ。彼女と同じ。
「誰だ!」
「これは……予想外だな」
呟くヒスイをよそに、黒ずくめの男は顎でしゃくったようなジェスチャーをとった(フードのせいでよく見えないが)。
瞬間、闇の奥から人影が現れた。いくつもいくつも――――計6人分。
1人は正面の黒コートの男。
1人は鎧を纏っている。兜で顔は見えない。
1人は老人。眼光が怪しい覇気に満ちている。
1人は浅黒い肌の青年。
1人は白衣の青年。
1人は――――女性。青い髪と小麦色の肌。
「……アンセム――――!?」
「懐かしい名前だ」
「彼と我々は似ている」
「そして君とも」
「アンセム。彼は探求者としての純度は低かった」
「為政者の外套にこだわりすぎたのだよ」
「カードがありながらリスクに震えてドロップに徹した彼には資格がない」
「……?」
――――話がかみ合わない。いや、かわりばんこにお話をしてくれるまどろっこしさの所為もあるが。どうも違和感がある。
アンセムでは……ない?
「……彼らのバックボーンについては、この際どうでもいい」
耳打ちしたヒスイの声には切迫感があった。火がついたのだ。焦燥に駆られる。うかうかしていればまっ黒焦げになってしまう。
周囲をぐるりと包囲されたこれは、いかにも問題だ。苦しい。厳しい。危険。
「君の力の証明ならば、既に終了している」
「剣を交えることは手段たり得ない」
「戦わない……ってことか?」
「そうだ」
包囲の一人がソラの問いかけに首を縦に振った。ソラはほっと胸をなでおろす――――気には、なれない。
戦いたくない。嘘を言うな。
だったらこの緊迫した雰囲気はなんなんだ。なぜソラの心はキーブレードから手を離そうとしない?
「――――ひとつ、提案がある」
「私の仲間に加わるのだ」
「……なんのために?」
ソラが問う。キーブレードを握る。
包囲すり彼らは、ぽつりぽつりと語りはじめた。
「我らは六貌――――遥か昔、6つに砕けたひとつの心」
「砕けたのは探求のため。真理のため……悠久の旅の末、我らは遂に、答えを得た」
「奇しくも同じ解を掴んだのだ」
「闇の扉を抜け、強大な一個のエネルギーを掴むのではなく」
「心の器を満ち満ちと満たし、強靭な一と成るのではなく」
「心を2つに分かち、成長させて融合させ……唯一無比のスペシャルを打ち立てるのでもなく」
――――我らは。
強き力を束ね、ひとつにすればよい。
「……なんだって?」
「扉の向こうは唯一無二の力。それを手にしようとする私の前に抑止力が立ちふさがるのは当然のこと。それも、その邪魔は無視できないほど強大だ」
「しかしその邪魔を回避するために、かの無貌の王がキーブレードの精錬に費やしたように、か弱き有象無象を何十何百何千何万何億と積み重ねるのでは、私には時間がかかりすぎる」
「さりとて唯一つの心の成長手塩をかけるのも、また時間もかかるというもの」
「既に強者。それも強すぎず……純粋かつ、意思の強いもの。我々の邪魔立てをするために律儀に現れる憎き抑止力ども。7つの光の守護者足り得る者ども。それを利用するのだ」
「そして結論だ。正邪、善悪、光闇……そんなものはもはや問わぬ。
ただただ強い心。プリンセスのような曇りなき輝きなど要らぬ。闇に呑まれた愚者も無用だ。光も闇も持つ、純然で平凡な心。
己が心を引き裂かれても喪失しない、強き心があればよい」
「それを砕き、純然たる光と闇が鍵を握る。それらがあわさり、最後の一は全となる。
あとは精錬方法だ。魔術的な意味が重要になる。…………六芒星。禁術とされる秘法を実現するには、6の要素が必要だ。6が2つに分かれた12の鍵……その力を手に入れる。私という13人目が」
しんとその場は静まり返った。話は終わった――――らしい。
聞き漏らしはなかった。
しかしどうして、意味がわからない。
ソラの知力の問題というより、彼らの言い回しだ。自分たちだけでわかる話ばかりでつらつら説明されたところで意味がわかるはずもない。専門用語で専門用語を説明されてなにがわかるというのだ。
さっぱり、まるでわからなかった。
――――だが、直感的に理解できた。
仲間に加わるのだ。その台詞の意味はソラのキーブレードを狙ってのこと。
6人を2つに割って(ここが一番よくわからない)、12人にする。
12人のキーブレードを全部自分のものにしてやるぜうははのは…………こいつらはどうやらそう言いたいらしい。
――――まぁ、直感的に言って。
こいつらがとっても怪しい、悪い集団には間違いない。
そう断定して、ソラはキーブレードを真正面の黒コートの男に突きつけた。
「――――断る!」
「……君らしい答えだよ、ソラ」
瞬間、真正面の空間がぐにゃりと歪んだ。
世界が一瞬で、闇に呑まれていく――――!
暗い。
暗い。
暗い。
世界の全てが黒く塗りつぶされた。
その中で、その仮面は宙を舞っていた/壁に掛けられていた/床に置かれていた。
「哀しいなぁ……。地を這うのみの芋虫が。遂に地すらも這い回ることも叶わない……か」
声が闇に反響する。
ただ黒の中、仮面は完全に同化した何かを見下ろしていた。
「無常だよ。これこそ自然の摂理というやつなのかなぁ。世に生きる以上、因果はまとわりつくもの。
その網にかかるのは人の性。人の業。――――哀しいが仕方がない。この哀しみがあるからこそ、全てには意味があるんだろう」
「しかし――――面白い。お前のようなものまで、そうとはね」
また別の仮面が浮かぶ。キツネの面。細い目が、仮面と同じ場所を睨む。
「にせもの。まがいもの。まやかし。まぼろし。……『存在しないもの』。
友人から本物の証を奪い取った気分はどう?よく馴染む?まるで恋人と手を繋ぐような幸福感だったりする?」
また闇から顔が現れた。能面が笑う。
「苛々させてくれる。貴様は本物のタグが登録されればそれは真実か? 過去を遡り時空を歪めるとでもいうのか?
貴様ぁ……神や至高という誰が呼んだかも疑わしい賛辞を受けて満足か? 貴様という贋作は、成り代わった本物に足り得るか?
――――まったくお笑いだ!本物とその正しい資質があることは圧倒的なまでにレベル差があるのさえもわからないか!?」
「……例えよう。正しい王様とは、王国の民を導くものだ。搾取に相応しい政治を返す。行政というものだ」
4つ目に浮かんだのはきくるみの頭だった。軽丸としたそれはファンシーながら、シチュエーションとのミスマッチのせいで絶望的に浮いていた。二つの意味で。
「それを成せる民草は、おそらく存在する。情勢を読む判断力。民の声を聞き分けるアンテナ。信頼できる仲間で周囲を固める眼力。そういったもの。
特別な教育をせずとも、優れた感性と理性で正解の道を記すモノはいるだろう。人はそれを天性と呼び、その人間は天才と呼ばれる。
まさしく人の上に立つ天上の才能だ。それはさしずめ、王様の正しい資質ということになるが……」
「不毛だね」はじめの仮面は言う。
「王とは王冠あってのもの。資質だけでは証をにぎることはできないんだよなぁ。王冠という証を民衆から戴き、肉の山の頂点に立ってこそ、王の名を冠するに値するんだ。
――――よって、不毛だ。正しい資質に王冠の価値はないんだよ。わかるかなぁ?」
「あんた、ばか? 本筋から逸れてるよ。……要は、本物というのは心持ちひとつ、資格ひとつでなれるほど簡単ではないの。
もちろん必要条件だけれど、十分条件じゃあない。本物になるには、本物を玉座から引きずり下ろさなきゃあいけないんだよ」
「……くだらん。もういいだろう? 倦怠は毒だ」
「同意しよう。では頃合いかな――――?」
仮面が、お面が、能面が、かぶりものが、ただ一点注視した。
怒りをもって、喜びをもって、哀れみをもって、楽しみをもって、その一点からの回答を待つ。
広大な宇宙の闇の中、極小の点に等しい存在に問いかける。足を失った芋虫に。
おまえは本物か?――――無価値な偽物か?