KH 4-06
「俺が道を開く」
言い出したのはセキだった。
「俺も炎を使う……正面からのあの熱線を相殺する。隙ができるはずだ」
「隙を作ってどうする?どちらにしても俺たちの攻撃なんて、あの巨体相手じゃ意味がない」
「ドラゴンの体のどこかに鍵穴があるはずだ。それは秘孔といってもいいし、急所といってもいい。そこにキーブレードを打ち込めば、あいつの巨体は自由を失う。本体が出てくるはずだ」
「アンセムのハートレスの戦艦みたいな作りってことか?」
ソラが思い出したのはアンセムとの最終決戦だ。巨大なハートレスの船を相手に戦った経験がある。あれも戦艦の部分部分を潰して、アンセムを引きずり出すことに成功していた。
「ああ、たぶんそれだ」
「なぜあなたにそんなことがわかるの?」
「俺はハートレスで、あいつの指一本だ。だからわかる。……あんたたちがお互いキーブレードの勇者だってわかるのと同じ理屈だ。ピーンと来るんだよ」
それだけ言って、セキは無貌の王の正面に出た。手に炎で作った剣を握る。
「…………来い!」
「窮鼠猫を噛む……とは言うが、鋼の皮膚を持つドラゴンに、ヤブ蚊が一矢報いれると思っているのか?本気で?」
「遠慮するなよおやじ殿。目一杯危機感煽って楽しませてやるから」
「くっ……ククク――――ったばれぃ!!」
無貌の王の熱の息吹。セキの炎。両者が真正面から交錯した。
爆音が空を破壊する。曇天が消し飛び、雷鳴が掻き消えた。
――――ひるんだ。
「いくぞ!」
リクが叫び、乗り物は思い切り加速した。無貌の王の腹部を沿うように肩口まで疾走する。腕周りや背中を包んでいた暗雲が消え、無貌の王のドラゴンの表皮は露わになっている。
背中を取った。しかし闇雲に攻撃しても意味がない。なにせドラゴンの表皮のだ。とても剣刃は立たない。
セキの言葉とソラの経験を信じるならば、弱点があるはず。
リクは首筋から尻尾に向けて疾走した。また暗雲が立ち込みはじめている。もたもたしていたらあの雷鳴の餌食だ。
曇天を駆ける。目を凝らす。急所は――――。
「そこっ!」
ソラは尾翼の付け根にキーブレードを投擲した。赤い閃光が爆発する。エネルギーの迸りが雷鳴をちらした。手ごたえあり。
「くっ……」
しかし暗雲に紫電が巻きはじめている。たまらずリクは舵を切った。全速力でドラゴンから逃げていく。
「どう!?」
アクアが声を荒げている。一度ミスをすれば一瞬で地上に叩きつけられるような乱流の荒波の中を走ったのだ。脱出とともに疲労もどっと溢れてくるz
「一箇所見つけて打ってみた……そっちは?」
「おなじ。ドラゴンは……崩れる気配ナシ……ね」
「もう何箇所か打ってみないとわからないな」
雷鳴とともにドラゴンの高笑いが場を満たす。
その前には――――黒い人影。
「セキ!」
たまらずソラはその名を呼んだ。人影は体から白煙を吐いている。見るからにダメージは深刻だ。――――だが、その手に炎はまだ握られている。
「どうした? 私の注意を弾くんだろう? 儚い蛾虫よ……我が愛すべき救い様のない蛆虫よ。まだ、やるかね?」
「…………当然……だ!」
「一撃耐え抜けたのも奇跡みたいなものだ。死にたいのかなぁ? …………別に、自意識が芽生えたからといって、創造者に逆らう精神へのストレスは変わらないよな。
……もしかして、今この状況から逃れられるなら死んでもいいとか思ってるんじゃあないだろうなぁ?」
「…………俺は、ハートレスだ」
黒焦げの体で、セキはもう一度炎の剣を握り直した。目から滴る赤い涙を拭う。
視線は目の前のドラゴンから一瞬たりとも逸らさない。
「だけどな……俺は、セキだ。誰か一人でも、俺をそう呼び続ける奴がいたのなら、俺はセキでいる」
「義務感か? センチメンタルか? 貴様の」
「俺が俺をそういうものだと思ってしまったら、夢が終わる。そこでロクサスとの約束は終わってしまう……。
だから、世界を凍らせて俺たちを閉じ込めて、王様気分で踏ん反り返っているあんたが邪魔で邪魔でしょうがないんだよ!」
「ハッ! 今度は野望か? 自尊心か? 人間のポーズも上手くなったじゃないか! 虚勢も見事だ! 愛撫とともにお前の首を引きちぎってやりたいな!」
「俺は俺の夢を見る! あんたの『世界《夢》』は、ここで俺が真っ赤に染め上げる!!」
「出来ると思うなカトンボがぁあああああ!!」
無貌の王が熱線を放った。セキがそれに呑み込まれ――――。
再度、爆発。無貌の王の闇の衣が剥がれ落ちる。リクはアクセルを踏み込んだ。
目指すは――――。
「リク! たてがみのところだ!」
「髪!?」
ソラの指示を聞いて、リクが舵を切った。2人はまた腹部から、今度は顎の付け根から後頭部に回り――――。
「あった!」
後頭部、たてがみに隠れる様にしている黒い球体を見つけ、キーブレードで貫いた。
続いて頭頂部。これもキーブレードで両断する。
先ほどに比べ、爆風で吹き飛ばされた暗雲が戻ってくるのは目に見えて遅くなっている。力が弱っているのだ。
「くっ……くくく……最後の急所、貴様らにわかるはずが……」
瞬間。
黒い影が無貌の王に打ち込まれた。門歯の上の歯茎の部位。
投げたのは、無貌の王が大口を開き、それを何度か真正面から見ていたもの。――――セキは弱々しく口端を歪めた。
「見えてるよ。見えすぎだ。……一寸の虫にも五分の魂……ってところだ」
「貴様ッ……これは…………!」
ぶすぶすと焼け焦げているセキが投げたもの。
「てめーがくれたもんじゃねーか」
――――『人の心のキーブレード』。
かつて無貌の王がセキを破壊するために内部に溶かしたものだった。
「ハートレスごときが……よくもっ……貴様ぁああああああ!!」
無貌の王が大口を開いて怒りを吐きつける。
セキは赤い涙が乾いた目をふっと細め――――ゆっくりと、落ちていく。
リクがドラゴンの表皮に降り立った。ソラもそれに倣う。
その隣では、アクアとシオンも乗り物から降りていた。
ドラゴンの背中で、無貌の王は黙っている。押し黙り、感情を抑制している。
歓喜もある。憎悪もある。尊敬もある。憤怒もある。
よくぞここまで。
よくもここまで。
あらゆる感情がカオスになって混じり合い、結果、能面のような無表情。光のない目でこちらを見据えている。
「ああ……決着? つけるか?」
投げやりに無貌の王が言う。しかし油断は一切できない。格闘能力などソラより遥かに高いのだ。
「さながら1セット使ったトランプタワーだ。
後数枚で目標達成……しかし運悪く地震が起こり、大した音も立てずに崩れていってしまう……そういう感覚だ」
――――つまり失望感。虚無感。そうソラは解釈した。
散々小馬鹿にしていたハートレスのように無感動になってしまっていた。皮肉な状態ではあるが、かわいそうだとは全く思えない。
そもそも、この無貌の王は、そうやって無感情ヒトを踏みにじり、無責任に手を差し伸べ、呆気なく捨て去るような態度取ってきた。
誰よりも感情が豊かだった。にもかかわらず。
他人の心を理解していた。にもかかわらず。
受け継がれてきた意思。意味。時間に敬意さえ払っていた。にもかかわらず。
結局、一度として正しく『認めて』いなかった存在。
それは信頼ということであり、親愛ということ。
好意を示しても、それは天上人の博愛だった。下々に振りまく労いの言葉だった。
故に孤独。孤立。孤高。厳格な意思でカチカチに固められた鋼鉄の一本柱――――プライドが折れれば、転げ落ちていくのは一瞬だ。
「………………ああ、うん。やるやる。ほらかかってこいよこの野郎」
投げやりに無貌の王が言う。別の意味で倒しにくい。
ダウナーモードの無貌の王は両手に6本のキーブレードを握った。指と指の間で挟むような持ち方だ。圧巻ではあるが、当人のテンションだだ下がりの煽りを受けてか、妙にインパクトが薄い。
――――と。
背後からぬっと現れた人影がひとつ。