KH 4-07
「ヴァニタス……!」
アクアが声を上げた。ソラにも覚えがある。シオンに会う前。あの箱庭の地下で出会ったものだ。顔の無い怪物。
「都合が付く体がこれしかなかったものでね」
ヴァニタスが言葉を発した。何人かの声が一度に再生されたかのような違和感のある声だった。
「だが、この体……器としては十全だ。かつて究極の鍵のイミテーションを作り上げた存在の片割れなだけはある」
間違いない。あの『六貌』が全員ヴァニタスの体に集まっている。
アクアのように見た目に影響が出ていないのは顔がフルフェイスヘルメットで隠れているためか。
「ほう……どうやら肉をくれてやった価値はあったようだ」
その様を見て、無貌の王はニヤリと笑った。両手のキーブレードの刀身が、一本一本別々の色の稲妻でバチバチと発光する。
「いいねぇ……萎えてた気分も最高に『ハイ』ってやつになってきた!さぁ、テメーのエンジンをかけろ!スキルを上げろ!ゴングを鳴らせ!
――――最終ラウンドだ!!ヒア・ウィー・ゴー!レッツ・パーリィ!!」
無貌の王が真っ白に発光した。光の柱が無貌の王を中心に幾重も立ち並び、色の音階をなしていく。
アクアがキーブレードを走らせる。先端から魔法力の弾丸をマシンガンのように撃ち出した。無貌の王はそれらを難なく「はたき落した」。
キーブレード3本をコンデンサーにした無貌の王の無造作な一振りは、アクアの弾丸のエネルギー量を大きく上回っているのだ。
リクの闇の炎もシオンのビームも全て弾かれた。
真正面から打ち合えたのは、ヴァニタスだった。ヴァニタスと無貌の王のキーブレードが交差する。
ヴァニタスが空いた手で白色の弾丸を無貌の王に見舞った。無貌の王は動じない。力任せに振り払い、吹き飛んだところを目からビームを出して追撃する。
ヴァニタスはシールドで軌道を逸らすも肩に掠らせた。着地に失敗して膝をつく。
無貌の王は深追いをしない。背後から打ち込んできたソラのキーブレードをいなし、たいせいが崩れたところを横っ腹にケンカキックを叩き込んだ。
「…………協力するつもりが無いにしても、おまえなんかこう、もうちょっとさぁ……」
無貌の王が肩をすくめた。大きく地面が揺れる。足場のドラゴンはどんどん高度を落としている。地表に激突するのも時間の問題だ。
「ま、この私のドラゴンアーマーと心中できるなら、おまえらとしても本望だろう? 『ドラゴン《幻想》』を抱いて眠れ」
「ふざけるなよ……!」
リクが斬り込んだ。真正面からの打ち下ろし。当然のように無貌の王はそれを受け止め。
リクの陰に隠れていたソラの波状攻撃も読んでいた。下段からの切り上げにも対応して受け止めた。
――――頭上。無貌の王に三波目が迫る。
真上からの打ち下ろし。シオンのキーブレードが無貌の王の肩を捉えた。
だが、無貌の王はまるで動じ無い。
「貴様もあの蛆虫と同じだ。歴史あるもののコピー、ヒトの真似をした粗悪なイミテーションに過ぎん。――――たかが贋作が、敵うと思うな!」
吐き捨て、無貌の王が力任せに3人を振り払った。
その大振り。その隙に、アクアが滑り込んだ。
深々と無貌の王の腹を貫く。
「――――違うわ」
「おまえは本物を知る数少ない人間だ。マスター・アクア。そのおまえが、そこの贋作を認めるのか?」
「それを決めるのは私でも、あなたでもない!たとえレプリカだったとしても、本物に負けない想いだってある」
「詭弁だな」
「あなたは私が『本物を知っている』と言ったわね。その通り。……だから『マスターになれなかったもの《本物でないもの》』に意味がないなんて言わせない。――――輝くのは本物じゃない!強い想い……強い心!」
瞬間、アクアのキーブレードの先端が輝いた。無貌の王が吹き飛んだ。放物線を描いて数メートル先に落下する。受け身こそ取っていたが、ダメージは火を見るよりも明らかだ。
「強さこそ本物の証か?それとも単なる強い贋作か?……貴様の答えは後者か」
「そもそも『贋作』っていう考え方が間違いだ」
肩を上下させる無貌の王の背後で、リクが口を開いた。キーブレードが輝きを放っている。
「貴様もその光かぁぁあああ!!」
「アイツは……嘘なんかじゃなかったからな!俺とは違う強さを持っていた!」
リクの一撃を、無貌の王が受け止めた。両手の左右6本のキーブレードがリクの一撃を支えている。
じりじりと押し返す無貌の王。――――当然ながら、背中はガラ空きだった。
「強いっていうことは依存しないっていうことでもある」
「オリジナルとは別の理由で道を選び取った。彼はリクから……私は、ロクサスとソラから!」
無貌の王の背中に硬いものが当たる。
それは――――キーブレードの刀身は、強く光り輝いていた。
「またッ……その光ィィィ!!」
「私は嘘なんかじゃない……ここにいるんだ!」
リクとシオン、2人の攻撃が無貌の王を斬り裂いた。
しかし、なおも無貌の王は倒れない。膝さえつかない。前のめりにだらりと両腕を垂らし、キーブレード6本を両手に持っている。
「キーブレードがこの余を封印しようとしている……?馬鹿な、世界が余を望んでおらぬというのか……?
……クク、笑わせる。笑わせる。笑わせてくれる……」
無貌の王は口端をつりあげている。戦闘の意思は微塵も砕けていない。
「無貌の王。それぎっ…………なっ……ぐっ、ぐが……ぐっ……ぐぎ、ぎ……」
ヴァニタスがよろよろと立ち上がる。体に紫電を巻いている。その度に痙攣した様に体を跳ね上げて――――様子がおかしい。
キーブレードを大砲に変形させた。照準を無貌の王に合わせる。
リクとシオンは退避した。無貌の王は全身に力ない様子で立ち尽くしている。
「ジャンクションのリバウンドか。私の過半数の力と虚無の器。
お前自身が望んだ世界に新しい秩序をもたらせるだけのエネルギーと、それを内包できるだけの肉体だったはずだけど……
やはりハードが万全でもソフト耐えきれなかったか。
所詮、お前も人だ。――――そこから先の、神の領域には入れない」
「ぐっ…………ぁぁぁああああああああっ!!!」
キーブレードの大砲が点火した。衝撃の波動がドラゴンの表皮を抉り、灼いて。
青白い光が、無貌の王を呑み込み。
視界を閃光が掻き消した――――。